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大阪高等裁判所 平成5年(ネ)1098号 判決

主文

一  本件控訴に基づき、原判決を次のとおり変更する。

1  控訴人(附帯被控訴人)は、被控訴人(附帯控訴人)に対し、金一億〇二九一万六七四七円及びこれに対する昭和六二年六月二四日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  被控訴人(附帯控訴人)のその余の請求を棄却する。

二  本件附帯控訴を棄却する。

三  被控訴人(附帯控訴人)の当審で拡張された請求を棄却する。

四  被控訴人(附帯控訴人)は、控訴人(附帯被控訴人)に対し、金二一九五万〇四九五円及びこれに対する平成五年二月二〇日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

五  控訴人(附帯被控訴人)のその余の申立を棄却する。

六  訴訟費用は第一、第二審を通じてこれを四分し、その三を控訴人(附帯被控訴人)の、その余を被控訴人(附帯控訴人)の負担とする。

七  この判決は、主文第四項に限り仮に執行することができる。

理由

一  請求原因1ないし5に対する当裁判所の認定・判断は、次のとおり付加・訂正するほかは、原判決の理由一ないし五の説示(原判決二七枚目表二行目から同四七枚目裏四行目まで)と同一であるから、これを引用する。

1  《証拠付加略》

2  原判決三一枚目表四行目の「生徒に」から同六行目の「説明しなかつた。」までを「何人かの生徒に対しては、注意して止めさせていたが、彼らが一一・一二組の男子生徒であつたかどうかは定かでない。また、遠藤教諭は、水泳の授業中に逆飛込みによつて頚椎損傷が起こることはないと考えていたので、生徒に対し、飛び込みの姿勢等によつては頚椎損傷のような重大な事故が起こる危険性があるという具体的な注意を一切していなかつた。」と改める。

3  原判決三二枚目裏四行目の「第五号証」の次に「、第一九号証の六」を、同五行目の「供述部分」の次に「、ことに本件事故当日の被控訴人の逆飛込みにつき、非常にきれいなフォームで、正常な飛び込みであり、危険と感じる逆飛込みはなかつたとの部分」を、同三三枚目裏六行目の「第二三号証、」の次に「証人野村武男の証言、」をそれぞれ加える。

4  原判決三四枚目表五行目の「背柱間と背髄との間」を「脊柱間と脊髄との間」と、同六行目の「背髄損傷」を「脊髄損傷」とそれぞれ改める。

5  原判決三四枚目表七行目に続けて「水泳の逆飛込みによる頚椎・頚髄損傷の事故は、初心者にはみられず、比較的水泳に親しんでいる者に発生しやすい。」を加える。

6  原判決三五枚目表七行目の「損傷することはない。」を「損傷することは稀であつて、普通の場合には起こりにくい。」と改める。

7  原判決四〇枚目表一行目の「必要」の次に「と」を、同六行目に続けて「かえつて、《証拠略》によれば、一般の大学生はもとより、小・中学生であつても、水面上三〇ないし七〇センチのプールから逆飛び込みをする際、入水角度が四五度以上であり、しかも、入水後、手首を後屈させる等の調節をしなければ、水深深度は本件プールの深さを越える一・五メートル以上にも及び、したがつて、急角度の飛び込み、入水の際の手首の前屈、腕の脱力など、飛び込み方法の如何によつては、頭部が容易にプールの底に達することが認められる。」をそれぞれ加える。

8  原判決四一枚目表一〇行目の「また」の次に「、乙第二〇号証、第二一号証の一、二は前記認定に抵触するものではなく、他に」を加える。

9  原判決四四枚目裏六行目の「遠藤教諭としては」から同四五枚目裏六行目までを次のとおり改める。

「遠藤教諭としては、高校一年生の複数の男子生徒の中に、くの字型の姿勢で飛び込む者がいたことを認識していたのであるから、彼らに個別的指導をするにとどまるべきではなく、逆飛び込みに内包される重大な危険性を意識したうえで、生徒全員に対し、基本動作を厳守することや入水後素早く手首を返して浮上することを周知徹底させるべき義務があり、その際、逆飛び込みの初心者にはともかく、被控訴人のような飛び込みに馴れ、スタート台上でたやすく萎縮するとは考えられない者で、とりわけ身長体重のある生徒に対しては、飛び込みの姿勢によつてはプールの底に頭を打つて重大な事故が起こる危険性があることを説明し、併せて、基本動作を守ることがいかに大切であるかの理由についても具体的に説明して、逆飛び込みの危険性と基本動作の重要性を十分に納得させ、安易な気持ちで逆飛び込みをしないように注意を促して事故防止に努め、生徒の安全に配慮した適切かつ慎重な段階的指導を行なうことが必要であつたというべきである。そして、その結果として、被控訴人ら生徒は、自分で自分の安全を確保する態度と能力を身につけていることができたはずであり、遠藤教諭が前もつて被控訴人に対し、右の指導等を行なつていたならば、長身の被控訴人としては、事前に右の危険性を予見し、意識的に正しい逆飛び込みを行なうことが期待でき、本件の如き、腹打ちを避けることだけを念頭に置いた基本動作に反した飛び込み方法をとらなかつたものと考えられるから、本件事故は避けられたものと推認される。

してみると、本件事故は、遠藤教諭が、逆飛び込みに伴う重大な危険性を理解しておりながら、本件プールの深さ(水深約一・四メートル)からみて、被控訴人ら生徒がプールの底で頭を打つことはないものと軽信し、同人らに対し、何ら右の危険性を認識させる説明をすることなく、漫然と、『顎を引いて両手を前に伸ばして、手から入水するように。』などと、とおりいつぺんの指示と指導を繰り返し、前記の説明・指導をせずに飛び込ませたことに基因するというべきである。したがつて、遠藤教諭の被控訴人に対する安全対策ないし指導は万全ではなかつたといわざるをえず、それゆえ、本件事故の発生につき、遠藤教諭には前記注意義務違反、すなわち事故防止を怠つた過失があつたといわなければならない。

なるほど、生徒に逆飛び込みに対する恐怖心を植えつけ、いたずらに萎縮させることがあつてはならないことは、控訴人主張のとおりである。しかし、《証拠略》によれば、初歩的な人は逆飛び込みの際に恐怖心が先に出ることが認められるが、頚椎・頚髄損傷の事故は、初心者よりもむしろ比較的水泳に親しんでいる者に発生しやすいのであるから、担当指導教諭としては、その説明の対象者を選び、説明方法・内容に工夫を凝らすこと等種々の教育上の配慮をすることによつて、逆飛び込みの練習の成果をあげると同時に安全確保にも万全を期するよう十分な教育的指導を尽くすべきであり、それを実行することこそが、高等学校の教育者に期待される資質と態度であるといわねばならない。」

二  請求原因6(被控訴人の損害)について

1  入院雑費

当裁判所も、被控訴人の損害のうち、入院雑費は一五二万七六〇〇円であると認める。その理由は、原判決の理由六1(原判決四七枚目裏七行目から同末行)と同一であるから、これを引用する。

2  介護費用

《証拠略》によれば、被控訴人(昭和四六年六月二〇日生、本件事故当時一六歳)は、排尿、排便、食事、入浴等の日常生活の動作を独力ですることができず、平成二年一二月一七日玉津センターを退院して以後、常時、肉親の付き添い看護に依存して生活しており、現在、父太郎(昭和一七年五月六日生)とその妻(被控訴人の義母になる。)花子(昭和二〇年五月一五日生)らによる介護を受けており、右介護の必要性は被控訴人の生存中継続することが認められる。そこで、肉親による介護は右花子の満六〇歳までは期待することができるが、それ以後被控訴人の平均余命である満七六歳(平成元年ないし四年の簡易生命表による。)に達するまでの間は、職業的付添人の介護を要するものと推認する。そして、肉親による付添費は一日につき四五〇〇円、職業付添人の付添費は一日につき一万〇五〇〇円とみるのが相当であるから、ライプニッツ方式により中間利息を控除して、平成二年一二月一八日以降の右付添看護費の本件事故当時における現価を算定すると、計四二四七万三二九七円となる。

(算式)

〈1〉四五〇〇円×三六五日×(一一・六八九五-二・七二三二)=一四七二万七一四七円

〈2〉一万〇五〇〇円×三六五日×(一八・九二九二-一一・六八九五)=二七七四万六一五〇円

3  療養雑費

被控訴人の本件後遺障害の状態と《証拠略》を総合すれば、被控訴人は、将来にわたり、紙おむつ等療養に必要な雑費を要すると認められ、そのうち本件損害としては一日四〇〇円、その期間については平成二年一二月一八日から同人が満七六歳に達するまでの五七年間と認めるのが相当であるから、ライプニッツ方式により中間利息を控除して、本件事故当時の現価を算定すると、二三六万六〇七六円となる。

(算式)四〇〇円×三六五日×(一八・九二九二-二・七二三二)

4  家屋改造費

当裁判所も、家屋新築費用のうち、七〇〇万円を本件事故と相当因果関係に立つ被控訴人の損害と認める。その理由は、原判決の理由六4(原判決五二枚目表二行目から同五四枚目表末行)と同一であるから、これを引用する。

5  後遺障害による逸失利益

被控訴人は、本件事故により本件後遺障害が残り、労働能力を一〇〇パーセント喪失し、今後これを回復することは認め難い。そして、就労可能年数については、被控訴人が高校を卒業するはずであつた年の平成二年四月(満一八歳)から満六七歳までの四九年間とし、基礎収入については、平成二年以降の各年度の賃金センサスの産業計・企業規模計・学歴計・年齢計の平均給与額とするのが相当である。すなわち、平成二年度のそれは五〇六万八六〇〇円、平成三年度のそれは五三三万六一〇〇円、平成四年度のそれは五四一万一四〇〇円、平成五年度以降のそれは五四九万一六〇〇円である。そこで、ライプニッツ方式により中間利息を控除して、右の逸失利益の本件事故当時における現価を算定すると、計八九九四万二六六六円となる。

(算式)

〈1〉平成二年分 五〇六万八六〇〇円×〇・八六三八=四三七万八二五六円

〈2〉平成三年分 五三三万六一〇〇円×〇・八二二七=四三九万〇〇〇九円

〈3〉平成四年分 五四一万一四〇〇円×〇・七八三五=四二三万九八三一円

〈4〉平成五年分以降 五四九万一六〇〇円×(一八・三三八九-四・三二九四)=七六九三万四五七〇円

6  慰謝料

当裁判所も、被控訴人の本件慰謝料を二〇〇〇万円と認めるのを相当とする。その理由は、原判決の理由六6(原判決五五枚目裏一行目から同六行目まで)と同一であるから、これを引用する。

7  右1ないし6の損害の合計 一億六三三〇万九六三九円

三  過失相殺について

被控訴人の心身の発達状況等からみて、同人は、年齢(高一)相応の判断能力を有していたものであるから、その自主性も尊重されるべきであり、したがつて、被控訴人の側においても、自己の逆飛び込みに関する技能を十分に見極めたうえ、担当指導教諭(遠藤教諭、大塚教諭)の指示事項を守り、安易な気持ちで飛び込まないよう注意し、生徒自らにおいても危険回避の努力をすべきであると解される。被控訴人は、本件授業の開始に際し、遠藤教諭から、顎を引いて両手を前に伸ばし、手から入水するように指示・指導を受けており、それゆえ、これを遵守し、両手を頭の先にしつかり伸ばして頭部を保護していたならば、プールの底に頭を打つという最悪の事故は起きなかつたと考えられる(なお、本件プールは、高校のプールとしては標準的なものであり、本件事故以外にはこのような事故の発生はない。)。にもかかわらず、腹打ちを避けるためとはいえ、被控訴人は、両手をきちんと前方へ出さずに、前判示の態様のとおり、遠藤教諭らの指導と異なつた(基本動作に反した)逆飛び込みを行ない、空中で、両手を肩の辺りから、あるいは耳の横ないし後方から前に出して伸ばそうとしたため回転モーメントが起こり、水面で両手が弾かれたので、今までにないほど入水角度が深いまま頭から入水し、しかも水中で手首によるコントロールができない状態で本件プールの底で頭部を打つたという点において、被控訴人にも、本件事故の発生について過失があつたといわざるを得ない。したがつて、本件は、単に被控訴人が技術に習熟していなかつた点に落ち度があつたとみるべき事案ではないから、過失相殺の対象とすべきであつて、損害の減額は免れない。

そして、前記の事実関係に鑑みると、被控訴人の過失割合は三割と認めるのを相当とする。

そこで、前記認定に係る被控訴人の本件損害の合計一億六三三〇万九六三九円につき、右の過失割合で過失相殺すると、被控訴人が控訴人に請求し得る損害額は一億一四三一万六七四七円となる。

四  損害の填補について

被控訴人が本件損害の填補として特殊法人日本体育・学校健康センターから本件後遺障害に対する見舞金一八九〇万円の支払いを受けたことは、当事者間に争いがないから、被控訴人が控訴人に請求し得る損害額より右の受領金を控除すると、その金額は九五四一万六七四七円となる。

五  弁護士費用について

本件事案の内容、訴訟追行の難易の程度、審理期間、請求金額と認容額等本件にあらわれた一切の事情を斟酌すると、弁護士費用としては七五〇万円が本件事故と相当因果関係に立つ損害と認めるのが相当である。

六  控訴人の仮執行の原状回復の申立について

1  以上のとおりであるから、被控訴人は、控訴人に対し、右損害の合計一億〇二九一万六七四七円及びこれに対する本件事故の当日である昭和六二年六月二四日から完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の請求権を有するもので、その余の損害賠償を請求することはできない。したがつて、原判決中右請求を超える部分に付された仮執行宣言はその効力を失うものというべきである。

2  ところで、控訴人の当審における主張2の事実は当事者間に争いがない。

3  しかして、被控訴人が控訴人に対して請求し得る損害元金一億〇二九一万六七四七円とこれに対する昭和六二年六月二四日から平成五年二月一八日まで年五分の割合による遅延損害金二九一〇万五三九二円の合計は一億三二〇二万二一三九円であるから、被控訴人は、仮執行により取得した一億五三九七万二六三四円から右一億三二〇二万二一三九円を控除した二一九五万〇四九五円を控訴人に返還すべきである。

4  そうすると、被控訴人は、控訴人に対し、右二一九五万〇四九五円及びこれに対する仮執行の日の翌日である平成五年二月二〇日から完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払わなければならない。

したがつて、控訴人の仮執行に基づく原状回復の申立は右の限度で理由があり、その余は失当である。

七  結論

以上によれば、被控訴人の請求は主文第一項1記載の限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当であるから、これを棄却すべきところ、右と一部異なる原判決を本件控訴に基づき右のとおり変更し、本件附帯控訴は理由がないから棄却し、被控訴人の当審で拡張された請求を棄却し、控訴人の民訴法一九八条二項に基づく申立は主文第四項記載の限度で認容し、その余の申立を棄却することとし、訴訟費用の負担につき同法九六条、八九条、九二条を、仮執行宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 山本矩夫 裁判官 林 泰民 裁判官 笹村將文)

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